CEOブログ

09年03月11日

海角七号

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半年前(2008年8月)に公開された台湾映画。

 

 今では、台湾といっても意味わからないないだろう。  若い人と話してると、香港とシンガポールと、 台湾との区別すら ついてない人もいる。

 おおまかに説明すると、朝鮮半島と台湾は戦前は日本の帝国主義時代の植民地で、樺太とか南洋とは位置づけが違い、もちろん満州国とも もっと別の成り立ち。

 昭和12年冬の南京攻撃からの日中戦争、昭和25年の朝鮮戦争、時代も政治的背景も違うのだが、20代30代から見ると「同じく生まれる前」なんだろう。 その間に昭和20年(1945年8月15日)はそれほど想起されない。 

 就職セミナーできまぐれに質問すると、ここ年々に「昭和20年って何の年だった?」「・・・」「1945は」でもダメな傾向が進行している。   ふーん、五年前の就職セミナーの頃はまだしも、インタラクティブな小ネタだった小さな質問が、なんか最近はまるで 会場の緊張感を増す拷問道具にも似てきた。かも

 

 映画「海角七号」は去年に台湾全土で人気となり、対岸の中華人民共和国でもマンダリン字幕入りで、中国共産党がいやいや公開した 日本と台湾間の二重恋愛の物語が なぜ日本で上映しないのか不思議。 (政治的というより市場的な思惑かも。それが間違いならもっと問題かも)

 

 ・1945年 「内地」に引き上げる日本人青年教師 と 台湾人女子学生の恋。

 ・2008年 台湾人郵便配達夫(元ヴォーカル)と日本人音楽ブローカー娘の恋。

 

 基本的な着想からの脚本がその人気の原因だろう。 映画でも小説でも、口コミしやすい基調物語こそ感動だから。

 

 海賊版で一部見せてもらっただけだが、字幕もないしビンナン語もマンダリンも分からないので推測だけど感動させられた。

  神戸の頃の高校同級生の中華同文出身から聞いた話。「今は もう少ないだろうけど、あの時代はいくらでもあった話だ」「おれのオバも  」


 私の叔父も元特攻隊員で、昭和20年夏 この映画から数十キロの高雄基地にいた。 無条件降伏があと数数週間遅れたら私は叔父の顔を知らなかった。

 

 個人的な思いでなくても、きっと日本でも感動を呼ぶと思うのだが。

 

さらに (なぜか私がこの映画に執着するのは、もしかしたら題名に意識され・・・いいや、そんなことはない。 私は感情とか縁起なんて無視。だから勘違いないように)

 

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