BLOG BLOG ホーソン実験と藪の中

2010年06月25日

 芥川龍之介に「藪の中」という短編小説があります。黒澤明により「羅生門」というタイトルで映画化されているのでご存知の方も多いのではないでしょうか。

 簡単にあらすじを書くと(と言っても、詳細は失念していますのでWeb上の記述を拾い集めますが)、藪の中で男が殺されるという事件が起きます。この事件について、容疑者の盗人、被害者の男、被害者の男の妻それぞれが証言を行うのですが、それらが見事に食い違います。
 盗人は「男の妻を手籠めにすべく男を殺した」と証言します。男の妻は「自分の夫が手籠めにされた自分を蔑んだ目で見たために殺した」と証言します。そして、被害者の男は「妻と盗人がかけ落ちしたために自殺した」と巫女に憑依して証言します。同一の事件の記述であるにもかかわらず、見事にその解釈は相違し、まさに事件は藪の中といった話です。

 ところで、同一の出来事の解釈が異なることはよくあります。例えば、ビジネス書でもよく紹介される「ホーソン実験」がそれにあたると思います。

 ホーソン実験とは、ホーソン工場で行われた実験調査であり、実験そのものは複数あるのですが、代表的なものとして、以下の2つがあります。

実験1
 作業場の照度を明るくすると労働生産性が上がるのではないかという仮説のもとに実験を行ったが、照度を明るくした場合と同様に、暗くした場合であっても、従来よりも作業効率が高かった。これは、被験者の「注目されている」という動機付けによって、労働環境とは無関係に労働生産性が向上したと解釈されている。

実験2
 金銭的なインセンティブを与えると作業チームの労働生産性が上がるのではないかという仮説のもとに実験を行ったが、作業チームの個人的な人間関係を反映して、自ら作業効率を制限していることが判明した。

 このホーソン実験が、社会学で紹介されるとき、実験の失敗に着目し、どれだけマネジメント的に管理しようとしたとしても、労働者は心理的要因やインフォーマルな規範(仲間との人間関係)によって強く規定されているという事実の発見として紹介されます。言い換えれば、心理的要因や人間関係に規定されるからそれをコントロールしようという管理の発想ではなく、どんなにうまくコントロールしようとしても、コントロールしきれないという非合理性の発見の話になります。

 一方、経営学で紹介されるときには、労働生産性というのは心理的要因や人間関係に強く依存するため、この心理的要因のコントロールによって労働意欲を高め、ひいては労働生産性を高める必要があるという管理の発想となります。つまり、経営学の分野では科学的管理法の失敗も含めて好意的に受け止め、改良したという話になります。

 同一の実験でも異なる2つの眼鏡で見ると、違った見え方をしてくるものです。

ahiruusagi.jpg

Duck-rabbit figure
人はこれをウサギの頭とも、アヒルの頭とも見ることができる(ウィトゲンシュタイン)


(担当:天野)