BLOG BLOG 『ビジネスで一番、大切なこと』

2010年10月15日

今日は、『ビジネスで一番、大切なこと ~消費者のこころを学ぶ授業~』という本について書きます。

が、この本をお読みになった方はご存じの通り、この本の内容は、日本語の書名と違っていて、マーケティング上の"差別化"について語られているだけです。原題は、Difference : Escaping the Competitive Herd で、競争の群れ(Herd)から逃れるための差別性について論じていることを明確にしてあるのですが、ダイヤモンド社は、どこをどう超訳したのか、こういうトンデモない標題をつけています。

ダイヤモンド社といえば『もしドラ』でミリオンセラーを記録したことで、最近、イケてる会社という印象があったのですが、これを見て、印象は最悪になりました。この本、著者によれば、「ふだんビジネス書を読まない人に読んで欲しい」とのことなので、よけいに許せない仕業ではないかと思います。

いや、差別化・ブランディングの成功の要諦は、消費者のこころを正しく学ぶことで、それが「ビジネスで一番、大事なこと」なんです。というのがダイヤモンド社の企画者の思考なのかもしれませんが、こういうイカサマはマーケティングと言わないです。

って、ここまで悪態をつくなら、無視するか、駅のゴミ箱に捨てればいいじゃないか。という話ですが、後者は、図書館から借りている本なので無理。無視しない理由は、やはり内容が面白いからです。

この本、大きく3つのパートにわけられています。記述は、世間話風というか、微妙なニュアンスを汲み取り、積み上げるために、矛盾や寄り道を省かず。というスタンスになっています。

◆第1部:競争の正体

競争力とは他社と差別化することで産まれる。という前提のもと各社が熾烈に争うあまり、「差」が細かくなりすぎて消費者の認識が及ばず、差別化すればするほど無意味な同質化につながり、結果、消費者のカテゴリーに対する愛着が薄れ、企業の努力は消費者の嘲笑につながる。多種類すぎる歯磨き粉とか洗剤とかをイメージすると解りやすいかもしれません(いまの日本ならクルマだって家だってそうかも・・・)。
神は細部に宿るが悪魔もまた細部に宿る。とあります。そして、本当の意味での差別化を実現するためには、競争するのではなく競争から抜け出す必要があると結論づけています。この本の英語のタイトルそのままですね。

◆第2部:アイデア・ブランド・・・成功しているブランドを3つの態様に分けています。

(1) リバースブランド:時代に逆行するブランド。Google(全てを網羅しようとしたYahooやAOLに対して検索サービスのみを提供)、IKEA(配送や組み立ても顧客自身が行う家具)などが例

(2) ブレークアウェイ・ブランド:既存の分類を書き換えるブランド。SONYのAIBO(家事を手伝う・役立つロボットでなく、遊び相手・愛玩物としての知能を持つ犬型ロボット。あぁ懐かしい。いまは開発されていないそうですが、あのまま進化していたら、今頃どうなっていたでしょうか)やSWATCH(これは説明不要かと)やALESSI(独創的なデザインのキッチン用品)などが例。

(3) ホスタイル・ブランド・・・好感度に背を向けるブランド:Hostile(敵対)するブランド。
BMWミニ(大型主流の市場に、小ささを強調)、レッドブル(好悪の別れる味・健康を損なう成分があるという噂を放置)、ベネトン(一時、人種問題やAIDS、難民、死刑制度など社会問題を扱う)

◆第3部:人間らしさに立ち返る:ヒューマンタッチ(省察)。まとめに相当する部分。
著者は、第1部で、競争の実態を批評し、第2部で無意味な競争を脱したブランドをまとめているのですが、第2部の類型を企業が研究し行動すると、結局のところ、細かな差異に注力する近視眼的な競争が再度始まり意味をなさなくなるとしています。(そりゃそうだ)

で、どうすれば良いのか。という結論は書いてないのですが、アイデア・ブランド(≒競争のないブランド)の特徴として、以下の3点をあげています。
 (1)希少性・簡単に手に入らないものを提供する
 (2)大きな理想・大きな違いを提供する
 (3)人間的・人間の内面の複雑さに向き合う

この本、最初の方でも書いたように、矛盾や寄り道を省かず。という記述になっています。それは人間は、一貫性がなく矛盾に満ちた存在であるからであり、複雑な現象から、早い段階で不要とおもわれるものを取り除き、"要点"を記し結論を導くという、いまマーケターにとって一般的な手法となっている"パワーポイント的アプローチ"に対して疑問を呈しているからです。いわく生身の人間は箇条書きでモノを考えないし、フローチャートで世界を捉えないし、予測不能で支離滅裂だが、それと真っ向から向き合うことによって、まだまだアイデア・ブランドは創り出せる。というのが著者の主張であり、締めの一文となっています。

さて、差別化・ポジショニングの理論と言えば、原著は30年前に発刊されているA.ライズ/J.トラウトの『ポジショニング戦略』に始まる一連のシリーズと日本では2010年に出たJ.トラウトの『リ・ポジショニング戦略』が定番としてハズせません。

消費者の「頭の中」を制する者が、ビジネスを制する。現実(リアリティ)とは消費者の頭の中にあるものであり、それを企業がどのようなコミュニケーションによって作り上げていくか。競争環境の変化に応じて、どう修正していくか。という点では、この『ビジネスで一番、大切なこと』を読む前に読んでおく本だろうと思います。

が、直近の『リ・ポジショニング戦略』が結局のところ自身が30年前に著した『ポジショニング戦略』に加えたものというと、前著の完成度の高さが災いしてか、彼の思考が飽和しているのか、ネット関係の記述と実務上の小ネタ(大御所の小言?)程度の考察でしかないように私には、思われたところに、この本が出てきたので、思わず評価してしまいました。この本、理論書としても実務書としても、中途半端でもの足らない。という評価もあるようですが、ポジショニングや差別化を考える上で、一読に値する好著であることは確かではないかと思います。

                                                               (記:古沢)

参考
A. ライズ/J.トラウト『ポジショニング 情報過多を制する新しい発想』(1987,電通)
A. ライズ/J.トラウト『ポジショニング戦略[新版]』(2008,海と月社)
J.トラウト『リ・ポジショニング戦略』(2010,翔泳社).
Y.ムーン『ビジネスで一番、大切なこと 消費者のこころを学ぶ授業』(2010,ダイヤモンド社)

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写真)日本では産まれたて(誕生前?)のブランド。アメリカの電気自動車ベンチャー・Tesla Motors.青山通り(国道246号)を挟み、最近、テスラに出資をしたトヨタのレクサス青山ショールームのほぼ向かいの位置に社屋を置くようです。どんなブランドに育つのでしょうか?