BLOG BLOG 『失敗の技術』

2010年12月03日


今日は、マルコム・グラッドウェル『失敗の技術~人生が思惑通りにいかない理由~』という本の<公開されていた秘密>というコラムについて書きます。

この本は米国版の『What the Dog Saw(犬は何を見たのか)』という1冊の本を日本ではパート1からパート3の3分冊にして出版するというずいぶんと贅沢なやり方をしているものですが、2分冊目にあたる『失敗の技術』は「人はなぜ、物事を間違った方向に考えてしまうのか」、「理論と現実はなぜずれるのか?」という問題について書かれたコラムを集めています。

さて、2001年にエンロン事件というものがありました。これは、米国の大手エネルギー会社であったエンロン社が、巨額の粉飾決算を行った事件で、不正が発覚し、同社は2001年12月に経営破たん。前年の売上は1000億ドル、従業員22000人という巨大企業で、かつ革新的なエネルギー関連の金融取引(デリバティブ)を実現した超優良企業と目されていたため、各方面に甚大な影響を及ぼし、監査法人だったアーサーアンダーセン(自身も不正に加担)も倒産に追い込まれた。というものです。

この会社、エネルギー(電気・ガス)等の取引にデリバティブを用い、かつ、連結外の子会社を使った循環取引によって、実際の取引がゼロであるにも関わらず売上・利益を計上する。というようなやり方で、市場を欺いたものです。この会社の経営者であった男は、市場に正しい情報を充分に開示していなかった。という理由で糾弾され、禁固24年4ヶ月という刑を受けました。

さて、グラッドウェルは、エンロンは"正しい情報を充分に開示していなかった"のか。という点についてはNO.という立場を取っています。では何故、投資家を欺くことができたのか。というと情報をすべて開示していたものの、それがあまりにも膨大で、ほとんどすべての人間にとって処理できる限界を越えていたとしているのです。

エンロンの子会社が3000社あり、それぞれに1000ページの報告書(計300万ページ)が公開されていた。としてもそれを誰が理解できようか。という話なのですが、グラッドウェルは、「企業が事業内容を開示すればするほど私たち(投資家)のためにはよい」という"情報開示のパラダイム"が時代錯誤に陥っているのだ。と繋いでいます。

グラッドウェルは、問題にはふたつのタイプがあり、1つは、パズル型であり、2つめは、ミステリー型であると言っています。前者は、情報が不足していることが問題であり、欠落している情報が埋まるたびに真実に近づくタイプのものです。(ビンラディンの行方はどこ?という話であれば、半年前、○○で確認された。3ヶ月前△△で確認された。という情報が収集されればされるほど確度は高まります)

ミステリー型の問題は、情報は豊富ではあるのですが、逆に過剰な状態になっているために、情報が集まれば集まる程、問題の解決が難しくなり、誰も理解ができなくなる。というタイプの問題になります。

現代では、きわめて膨大な情報がネット上にあり、それをほとんどコストなしに取得することが可能になっていますが、われわれ人間の問題解決に関わる習性は、過去長い間経験してきた「情報不足」を埋めることが大事。というところに偏っており、それが問題解決を妨げる場合があるとするものです。

難しい問題に直面した場合、ミステリー型問題として捉えるのであれば、問題を整理し、因果を洞察し、真因を探っていくという<情報を減らす>手法を採る必要があるのですが、これを我々は、必要な情報が揃っていない!という前提のもと、問題を解決するために延々と、実際には出現することのない、<問題を解決してくれる情報>を探し続ける。という誤った行動を行ってしまうとするものです。

パズル型の問題を回避するためには、情報発信ルールと情報収集力を強化することが、必要で、ミステリー型の問題を解くには、情報受信者側のスキルを上げることがもとめられており、現代社会でより複雑化、膨大化する問題を解決するには、受信側に"少々イカれた天才"が必要としています。

さて、この話。自身や自身の周辺の業務にあてはめてみても、ここ10数年のうちに、インターネットというものが普及し、情報を集めるのも、蓄積するのも(あるいは検索法のみ覚え蓄積しないのも)、本当に容易になりました。ネットを使っているといまだに、こんな情報がこんなに簡単に手に入るのか?と驚嘆することもたびたびです。(いま話題のウィキリークスなんぞ、一般人には、生涯知ることが無かったはずの情報が転がってますね。

ですが、問題解決が楽になった。とは感じられず、結局のところ情報の渦に巻き込まれ、遭難してしまうような事態が、たびたび起きてはいないでしょうか?

そういう時、これはパズルなのか、ミステリーなのかを自問してみると、少し解決に近づくかもしれませんね。
                               
                                                  <記:古沢>

         
参考:マルコム・グラッドウェル『失敗の技術 ~人生が思惑通りにいかない理由』(2010,講談社)