BLOG BLOG ヒューリスティックを用いた合理的でない消費行動について

2011年01月28日

こんにちはマーケの高木です。
突然ですが、確率の問題です。
「3つ箱A・B・Cが用意されていて、そのうち一つにあたりが入っていて、残り二つははずれで空っぽです。今あなたがAに当たりが入っていると選択したところ、答えを知っている問題の出題者が、はずれの1つであるCをひっくり返します。そして、こういいます『あなたは、選択を変えることができますが、Bに変えますか?』と。さて、あなたはどうしますか。Aのままにしますか、それともBに変えますか?」
この問題は、とある有名な確率の問題です。
残った箱が2つで、あたりかはずれなのだから、Bに変えたところで、どちらも2分の1の確率であたるのだから変えなくてもいい、と考えたら間違いです。
答えは、Bに変えたほうが、あたる確率が高いのです。
何故かと言うと、はじめの段階ではどの箱も確かに3分の1の確率であたりですので、自分の選んだAで変えずにあたる確率は3分の1のままです。一方、はじめBかCのどちらかがあたる確率は3分の2でしたが、Cがはずれであることが分かった今、Bがあたる確率は3分の2になるわけですね。つまり、選択を変えずにあたる確率が3分の1で、選択を変えるとあたる確率が3分の2ということですね。ですので、Bに変えたほうがよいということになります。〔参考文献1)p.41〕
これに似た問題を、学生時代の研究室のゼミで先生も含めて考えたことがありました。その時の私たちは、先生も含めたほとんどの人が間違えました(ちなみに理系の研究室です)。ノーベル経済学賞を受賞したカーネマンとトゥヴェルスキーの「ヒューリスティックとバイアス(Heuristics and Biases)」2002年を輪読している時のことでした。
ここで、カーネマンとトゥヴェルスキーが言いたかったことは、人間は(それなりの理系大学で勉強していても)合理的な判断を誤ることがある、ということです。
それは当然だろうと思うかもしれませんが、こういう難しい問題も間違わないし、デパートで売っている商品全てを毎回同じ基準で評価して効用の高い順から並べられるような人を想定して、理論を組み立てていたのが、経済学における期待効用理論だったのですね。
でもスーパーに行ってミカンとリンゴが並んでいて、ミカンが食べたいなと思う日もあればリンゴが食べたいという日もあるのが人間です。
そういう合理的な判断ができない事例を様々な社会心理学の実験で実証したのが彼らでした。
その一例として、3つの判断方法をご紹介します。「ヒューリスティック」と「真ん中を選ぶ」と「フレーミング」です。
・その前に、ヒューリスティックという聞きなれない言葉の説明をしておきます。心理学では、このヒューリスティックという用語の意味は、「問題を解決するための、単純ではあるがおおよそでしかないことが多い規則ないしは方略」〔参考文献2)p.127上段〕とされています。
例えば、買い物をしているときに、いくつかのワインが並んでいたとして、どれが美味しいだろうかと推測するときに、私たちは「高額なほうが、質が良いだろう」と想定することがあると思います。
また、聞いたことのある街の人口と聞いたこともない知らない街の人口のどちらが多いか質問されたら、聞いたことがある街のほうが多いだろうと想定します。
嫌いな人に対して、知りもしないのに能力が低いだろうと判断したり、好意を持っている相手に対しては、その人は良い成果を残すだろうと高い期待をしたりすることもあるでしょう。
こうした、根拠は曖昧だが、短時間で判断しなければいけない場合や、情報が不足している状況で物事を判断する際に、拠り所とする基準や判断方法のことを、ヒューリスティックといいます。
このヒューリスティックは、確かに短時間に正しい判断に導いてくれることもあります。例えば、先の街の人口の比較などは、両方の街の名前を知っているよりも、片方の街の名前を知らないケースの方が正解率が高くなることが実験で示されています。
しかし、便利なヒューリスティックですが、その曖昧性により、時にはバイアスがかかって、合理的でない決断をしてしまうこともあります。学歴が高い大学の学生だから採用してみたら、その会社に必要な能力には長けていなかったなどというケースは、その一例です。
・また、合理的とは言えない選択方法の一つに、「3つ選択肢が出ると、真ん中が選ばれる傾向が高い」というものがあります。
値段は高いが質はとてもいい商品Aと、値段は安いが質がとても悪い商品Bがあった時、逡巡した揚句、結局買うのをやめてしまうなんてことがあると思います。しかし、そこに、値段も品質もそこそこの商品Cを置くと、AとBが置かれていた時に比べて、買わないという選択が減り、Cを買う確率が一番高くなることが実験で証明されています。これは、両極端のものが避けられ、真ん中で妥協するためだそうです。
不動産屋さんで、物件を紹介してもらう時などは、これに似ていますね。私のこれまでの経験では、ほとんどの不動産屋さんは、要望を聞いてから3つの物件に案内してくれます。まず、条件を十分に満たしているけど家賃の高い物件、それから、条件がいくつかかけているけど安い物件に案内して、最後に、条件はそこそこそろっていて、少しだけ想定金額よりも高い物件に連れて行き、最後の物件で契約してもらうという方法ですね。
・ここまでは、冷静に時間をかけて考えればある程度合理的な判断ができそうですが、次にご紹介するフレーミング効果は、しっかり説明をしても合理的とは思えない選択をする事例です。
また、問題です。
「今、600人が伝染病にかかり、このままでは全員死亡してしまうかもしれないという状況です。
 ここで、次の2つの対応策が計画されていますが、どちらを選択しますか?
  計画Aを選ぶと、200人が確実に助かる
  計画Bを選ぶと、600人が助かる確率が3分の1で、誰も助からない確率が3分の2」
この心理実験の結果は、7割以上が計画Aを選ぶという結果になっています。
しかし、同じ問題で、次の2つの計画が出された場合、あなたはどうしますか?
「 計画Aを選ぶと400人が死ぬ
  計画Bを選ぶと誰も死なない確率が3分の1で、600人が死ぬ確率が3分の2」
こ結果は、7割以上が計画Bを選ぶという結果になっています。
お分かりだとは思いますが、この選択肢は、全て助かる確率の期待値は同じです。しかし、方や、確実に200人助ける計画を選んでいて、もう一方では、400人以上死んでしまうかもしれない計画を選ぶという、矛盾が起きています。
合理的に考えると、同じ結果なのですが、人は、利益のことを考えるときは、リスクを回避しようとするのですが、損失のことを考えるときは、リスクを選ぶ選択をする傾向があるために、矛盾が生じてしまうのです。
ところで、インターネットの普及に伴い、私たちが自由に選べる選択肢は膨大な量に急増しました。経済学や意思決定理論では、人は自由に選べる選択肢が増えると満足度が増加するといわれていますが、そうとも言えないのではないだろうかというのが実状です。
例えば、いっぱい商品が並んでいる棚と、商品が少ない棚で商品を買った人の満足度を比較すると、少ない棚から買った人のほうが満足度が高いし、買う確率も増えるという実験結果もあります。
選択肢が増加しすぎると、どれが最も望ましいかを判断することが困難になってくるために、結局は選びきれないか、選んだあとに失敗だったかもしれないと後悔するために、満足度が低くなるようです。
そういう訳で、信頼性のおけるサイトのレコメンデーションを信用して購入したり、好きな芸人が宣伝していた家電製品を買ったり、とにかくその時一番安いものを買うなどのように、何がしかの基準/理由を他者にゆだねて判断することも多くなてきます。
好きな物の場合や重要な決断の場合は、時間をかけて、情報もいろいろ収集したうえで、自分にとってできるだけ合理的で、効用が高くなるような選択をしようとします。しかし、それほど時間をかけている余裕がないような、スーパーでの買い物などは、先ほどあげたヒューリスティックを利用して買い物をするため、すぐに浮かんだヒューリスティックを使うのですね。
そういう意味では、経済学の理論では合理的な人間を想定していたかも知れませんが、広告/マーケティングの現場では、昔から心理学のこういった知見をもとに、どういったパッケージにするのか、どういったコピーにすべきかなど、様々な宣伝方法を考えてきました。
いつも合理的に判断してくれるのであれば、販売戦略としては、最も顧客の効用を高める商品開発に専念すれば良いですが、ほんとにいい商品を作ったからと言って、その価値を顧客に分かってもらえないと売れないのが現実です。では、ある程度は合理的に判断する現実の消費者に対して、どのようなコミュンケーションをとることが売り上げアップにつながるのでしょうか。
この答えは、無数にあることでしょう。商品によっても違えば、売り出すタイミングによっても違いますし、どこで売るかによっても違ってくるでしょう。そういった様々な条件を考慮した上で、限定的に合理的な消費者とのコミュニケーションとして、適しているものの一例としてあげられるのが、レコメンデーション機能ではないかと思います。
自身の直近の趣味嗜好と親密性が高い商品を紹介してもらえれば、ヒューリスティックが起きやすく、合理的な判断をした際にも購買に至る可能性が高いという意味で効果的といえます。また、一度使用し始めると、そのレコメンド機能に対する信頼性が向上し、その後の購買を判断する際にも、ヒューリスティックとして、「いつも使っている機能だから」という理由で定着化していく可能性も高くなります。
そうしたレコメンド機能で使用されている情報処理技術で今注目されている技術があります。その技術について簡単にご紹介して、今回のブログの〆といたします。
それは、ベイジアンネットワークという、データマイニング手法です。
ベイジアンネットワークとは、条件付き確率を解く際に使用するベイズの定理を活用して、複雑な因果関係を解析する分析モデルの一種です。条件付き確率とは、ある事象Aがおこるという条件の下での別の事象Bがおこる確率のことを言います。例をあげると、冒頭でご紹介した確率の問題がそうで、Cが外れだった時のAがあたりである確率を求めるようなケースのことです。該当のお客様の選考の履歴と、別のお客様の選考の履歴から、該当のお客様が購入する確率が高い商品を紹介するという仕組みを考える上で、このベイジアンネットワークという技術が使われています。
このブログで説明しきれる内容ではありませんので、もっと詳しく知りたいという方向けに、2冊の参考図書をご紹介しておきます。
・宮谷 隆『ベイズな予測 ヒット率を高める主観的確率論の話』リックテレコム、2009年
・本村 陽一、岩崎 弘利『ベイジアンネットワーク技術』東京電機大学出版局、2006年
参考;
1)友野典男『行動経済学 経済は「感情」で動いている』光文社、2006年
2)E.アロンソン『ザ・ソーシャル・アニマル』サイエンス社、1994年
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記;高木


●ヒューリスティック/あいまい性
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