CEOブログ

09年03月06日

面接の構造主義

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 慣れてくると 頭脳は徐々に 「効率化」する。 無駄なリスクを負わなくなる。

 たとえば引っ越した頃は、いろんなルートを巡り、寄り道して、面白そうな店を見つける。 やがて慢性化して 毎朝同じ通勤経路をとおり、エスカレーターひとつでも最短のコースを無意識に選ぶようになる。  

 思考回路に轍(わだち)ができるようになる。 山道など舗装のしてない道では車の幅に合わせて二本の窪みができる。それに合わせて運転すると楽なのでますます轍が深くなる。 道なりが右に緩やかにカーブしていて、左向きの分岐があるのに、ハンドルを左に切ると大きく抵抗がある。その森林の奥がよく見えない。不安もリスクもある。 無意識に道なり右に、ハンドルに力いらない。

 

 5年前に背骨の骨折で入院していた時に、人事責任者から「社員の家族が応募してきましたが、面接者Aはほとんど喋れない状態で落としました」そう・・
 Aはその後 ほかで内定もらったが事情があって辞退。翌年、Aの家族(社員)と話してて「Aは今年が新卒に」私「じゃオレが面接する」
 今ではAは新卒で入社し、同期と比べても動機も高く能力もあるかと思う。 これを読んでいる社員は誰のことを言ってるのか分かるはず。


 マジック好きなBは帰国子女で、数年前に代表がマジック好きと知って、Bは私の就職セミナーに参加した。その後一次面接を受けたが落とされた。
 まったく知らなかったが、半年後にmixiでBの母親から聞いた。で面接担当に聞くと「性格が弱そうで生命力すらなさそうなので」ふーん。
 今週、知り合いのマジック団体を主宰する医師からその団体のマジック発表会のパンフレットをもらった。 そこに若い女性マジシャンBが記載されていた。 Bは貿易会社でバイヤーをしながらマジックを練習し、最近はマジシャンとして独立して発表会にも参加したそうだ。  「性格が弱そうで生命力すらなさそうなので」


 私自身も何度か同じ経験(失敗)がある。 親しい人から紹介されて会う、以前からの知り合いが 意を決したように「働かせてくれ」と言われて会話する、退職者と再会して復帰の話になる時。 退職した幹部クラスの人と何人も会ったが「あまりに自信なさげで話が合わない」と思ってそれっきりになった。 (例外はある) しかし今から思うと未熟な面接官の構造主義的な視点が目を曇らせたのだと思う。

 どうしても人事面接のような構造主義的な思考にからめ採られる。 ついつい新卒とか中途での面接で初めての中立的な相手と比較してしまう。それが自分の得意分野であるし、何よりも楽だから。
 そういう目で見ると、何かを省いて雑に感じたり、相手はあまりに意識しすぎて 中立的な面接者に比べて 硬すぎ緊張しすぎ くど過ぎたり 省略しすぎだったり。

 よく考えて相手の立場を考えてみれば分かるかも。 自分を知っている面接官、知ってはいないが予備情報は得ているはず。 それがどこまで。だろうか  初めての相手と違って自由に自分を語れない。制約の中で、おそらく知らないはずの領域の話をしよう。 あるいは繰り返しを避けよう。

 これを未熟な面接官なら「いつも接してる求職者に比べて 変だし 違和感がある」で終わり。 これで終われば未熟な面接官の気持ちも平安だし、入社後の責任を問われることもない。


 同じく今週の出来事だが、三年前の退職者と食事した。 彼は私が現役な代表取締役の頃に近い位置にあったので、遠慮もないしお互いの理解もある。
それでも微妙な対応で、雷が瞬くように これらを理解できた。


 面接の構造主義。 まあ先入観の合理化か。 多くの人生が、怠慢で未熟な面接官に狂わされているのかも知れない。